東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2228号 判決 1968年7月16日
原告 株式会社文京洋紙店
被告 文京信用金庫
主文
(1)、被告は原告に対し、別紙物件目録<省略>(一)の建物につき昭和三二年五月一日共有物分割契約を原因とする同年九月一一日付東京法務局台東出張所受付第二二〇三七号所有権移転請求権保全仮登記に基づく本登記手続及び同目録(二)の建物につき昭和三二年五月一日代物弁済予約を原因とする同年一二月一〇日付東京法務局台東出張所受付第三〇五二三号所有権移転仮登記に基く本登記手続を夫々承諾せよ。
(2)、原告のその余の請求を棄却する。
(3)、訴訟費用は原被告の平等負担とする。
(4)、本件につきなした東京地方裁判所昭和四二年(モ)第四八二八号強制執行停止決定はこれを取消す。
(5)、前項に限り仮にこれを執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一項と同旨及び『被告が訴外増村四良治に対する東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第七四七一号賃金請求事件の判決の執行力ある正本に基き別紙物件目録(一)及び(二)の建物に対しなした東京地方裁判所昭和四一年(ヌ)第七三四号強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を求め、
その請求原因として次の通り述べた。
(一)、原告は昭和三二年五月一日訴外増村四良治との間で、同訴外人所有の東京都千代田区神田三崎町二丁目四番地一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅兼店舗一棟建坪二三坪七合七勺二階三坪七合七勺の増改築について次の通り契約した。
(イ)、原告はその負担において増村四良治名義を以て増改築工事をなし、昭和三二年六月末迄に完成すること。但しこれに要する工事費は金一九〇万円より金二〇〇万円の限度とする。
(ロ)、増改築工事が完成したときは、該建物は原告及び訴外増村の共有とし、昭和三二年七月一日の現状において二分し、その一たる別紙物件目録(一)の建物を原告の所有、他の一たる同目録(二)の建物を訴外増村の所有とする。
(ハ)、訴外増村は原告に対し金五四万〇二〇八円の債務を負担していることを承認し、昭和三四年二月末日限りこれを弁済すること。但し訴外増村が第三者より仮差押、強制執行をうけたときは期限の利益を失い、直ちにこれを弁済すること。
若し訴外増村において弁済期にその支払いを怠つたときは、完済に至るまで年三割六分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
(ニ)、訴外増村は前項の債務の履行を担保するため、原告のため別紙目録(二)の建物に抵当権を設定し、かつ右債務の弁済を怠つたときは原告に対し代物弁済としてその所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし、これが登記手続をすること。
(ホ)、訴外増村において本契約締結の日より三年間に先づ前記(ハ)の債務を完済し、かつ原告が増改築に要した代金の半額及び利息費用等の合計額を原告に提供したときは、原告は訴外増村に対し別紙目録(一)記載の建物を譲渡する。
(二)、原告は右契約に基き増改築工事を完成したが、訴外増村が右契約を履行しないので、仮登記仮処分命令に基づき昭和三二年九月一一日東京法務局台東出張所受付第二二〇三七号を以て別紙目録(一)の建物につき前記契約による共有物分割を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなし、更に同年一二月一〇日別紙目録(二)の建物につき同出張所受付第三〇五二三号を以て代物弁済予約による所有権移転仮登記手続を了した。
そして訴外増村が前記契約(ハ)の債務を履行しないので、同契約(ニ)の代物弁済の予約に基き、原告は昭和三三年二月四日同訴外人に対し予約完結の意思表示をなし、右意思表示は同月五日到達したので、これにより原告は別紙(二)の建物の所有権を取得した。
(三)、然るに訴外増村はこれを争うので、原告は同訴外人を被告として、『被告増村は原告に対し、別紙目録(一)の建物につき昭和三二年五月一日共有物分割契約を原因とする同年九月一一日付東京法務局台東出張所受付第二二〇三七号所有権移転請求権保全の仮登記の本登記手続を、別紙目録(二)の建物につき昭和三二年五月一日代物弁済予約を原因とする同年一二月一〇日付東京法務局台東出張所受付第三〇五二三号所有権移転仮登記の本登記手続をなせ。』との訴(第一審東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第四四八四号、控訴審東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第二〇二五号、第二〇六四号、上告審最高裁判所昭和四二年(オ)第四五六号)を提起し、昭和四二年九月一九日右訴訟は原告の勝訴に確定した。
(四)、これよりさき被告は訴外増村四良治に対する東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第七四七一号貸金請求事件の判決の執行力ある正本に基き、別紙目録(一)及び(二)について強制競売を申立て(東京地方裁判所昭和四一年(ヌ)第七三四号不動産競売事件)その結果昭和四一年一〇月一八日東京法務局台東出張所受付第二八三九二号をもつて東京地方裁判所の競売開始決定に基く強制競売申立の登記がなされた。
(五)、然しながら右の強制競売申立の登記は原告の前記仮登記に遅れるものであるから、原告は被告に対し不動産登記法第一〇五条第一四六条第一項により原告の前記仮登記に基く本登記手続をなすについてその承諾を求めるとともに、被告の申立てた強制執行は許されるべきでないから、その不許を求めるため、本訴に及んだ。
(六)、被告は第三者異議の訴において原告の所有権が未だ本登記手続を経ていないことを主張するけれども、被告は原告に対し登記の欠缺を主張する利益がない。
さきに述べた通り、原告は仮登記に基く本登記手続をなすための条件を具備するに至つた。即ち原告が別紙物件目録(一)及び(二)の建物所有権を取得したことは、前記増村四良治に対する確定判決で証明されている。而して被告は原告の本登記手続を承諾しなければならない立場にあるのであるから、第三者異議の訴においても原告の所有権取得を認めなければならない立場にあるものというべきで、結局原告は不動産登記法第一〇五条により、仮登記のまゝで被告に対し所有権を対抗しうるものである。
又第三者異議の訴の本質からも同様に解しうる。原告は、強制競売が進行し、競落がなされた場合でも、仮登記の順位保全の効力により競落人に対し本登記承諾の訴を提起しなければならなくなる故、原告は右競売を阻止し得なければならない。かような事実上の権利侵害の場合においては必ずしも本登記を経なくとも、その所有権を対抗しうるものというべきである。
被告訴訟代理人は、先づ本案前の答弁として、
原告が始めに提起した第三者異議の訴において、請求の趣旨を拡張し、『仮登記に基く本登記の承諾を求める』請求を追加したことに異議を述べる。
何故ならば、原告の提起した第三者異議の訴は、仮登記権利の所有権に基づくものであつて、本登記手続承諾判決の確定を条件として発生する権利を理由としているものではない。而して訴の客観的併合においても、各請求の要件の存否は他と無関係に判定されるべきであるから、第三者異議の請求に対し、被告は本登記欠缺の抗弁を提出して、右請求を理由ならしめることができるからである。
仮に併合審理できるとするならば、本登記の承諾請求の認容判決の確定を条件として第三者異議の訴の認容判決をすることになり、かゝる条件付判決を予めなすことには疑問があるのみならず、結果的には仮登記に対抗力を付与することになつて許さるべきではないからである。
と述べ、本案の答弁として『原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする』との判決を求め、
(1)、原告主張の請求原因に対し、請求原因(一)の事実を認める。請求原因(二)の事実中登記の点を認め、その他の事実を否認する。請求原因(三)の事実は不知、請求原因(四)の事実を認める。請求原因(五)の事実を争う。
(2)、原告は別紙目録(一)及び(二)の建物については仮登記権利者にすぎない。仮登記は順位保全の効力があるのみで、対抗力を有しないから、被告に対抗しえない。被告は差押債権者として原告の登記の欠缺を主張しうるものである。
と答えた。
立証<省略>
理由
(一)、被告は先づ、原告が第三者異議の訴訟において請求の趣旨を拡張し、仮登記に基づく本登記手続の承諾を求める請求を追加したことに対し、異議を述べたが、右の請求の趣旨の拡張は、請求の基礎に変更がないことは明白であり、又これがため訴訟手続を遅滞せしめるものでもないから、請求の拡張それ自体は許されるべきものである。この点に関する被告の主張は、結局第三者異議の訴が実体的にみて失当であることを主張するにすぎず、請求の追加変更に対する異議としては採用できない。
(二)、よつて原告の『仮登記に基く本登記手続の承諾請求』について調べる。
請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく、請求原因(二)の事実のうち、原告が別紙目録(一)の建物につき昭和三二年九月一一日東京法務局台東出張所受付第二二〇三七号を以て増村四良治との共有物分割契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたこと及び別紙目録(二)の建物につき昭和三二年一二月一〇日同出張所受付第三〇五二三号を以て増村四良治との間の代物弁済予約を原因とする所有権移転の仮登記手続を了したことは、いずれも被告の認めるところである。
そしていずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし五によれば、原告は契約通り増改築工事を完成したので、増村四良治との間の分割契約により別紙目録(一)の建物の所有権を取得したものというべく、又原告主張の経過で、原告が増村に対し代物弁済の予約完結の意思表示をしたことも、前記証拠によりこれを認めることができるから、原告は別紙目録(二)の建物の所有権を取得したものというべきである。従つてこれらの権利の保全のためになされた前記仮登記はいずれも有効であり、増村四良治は原告のため右仮登記の本登記手続をなす義務を負うものである。
一方被告が増村四良治に対する東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第七四七一号貸金請求事件の判決の執行力ある正本に基き、別紙目録(一)及び(二)の建物につき強制競売を申立て、その結果強制競売開始決定があり、昭和四一年一〇月一八日東京法務局台東出張所受付第二八三九二号を以て強制競売申立の登記がなされたことは当事者間に争いがない。
してみれば、右強制競売申立の登記は原告の前記二つの仮登記に遅れるものであるから、被告は原告のなすべき本登記手続を承諾する義務のあることは明らかであつて、この点に関する原告の請求は相当である。
(三)、第三者異議の訴について、
原告は別紙目録(一)及び(二)の建物についての所有権に基き、被告の訴外増村四良治に対する強制執行として右建物についてなした強制競売の申立に対し第三者異議の訴を提起したものであるが、被告は右建物について法律上正当な利害関係をもつ第三者であるから、原告がこれに対し自己の所有権を主張するには登記(本登記)を経なければならない。
然るに原告は『右建物について仮登記を有し、且本登記義務者たる訴外増村四良治に対し既に本登記手続を命じた確定判決を有しているから、不動産登記法第一〇五条により被告に対しては仮登記のまゝで所有権を対抗できる』と主張するが、成立に争いのない甲第三号証(建物登記簿謄本)によれば、登記簿上本件建物についての利害関係人は被告のほかに、訴外増村操子及び同八田竜蔵の二名がいることが判るから、被告に対し本登記を承諾すべき旨の確定判決を得たとしても、これと増村四良治に対する前記確定判決とだけでは、法律上本件仮登記を本登記にすることができないことは明らかであるばかりでなく、原告が将来訴外増村操子及び同八田竜蔵より本登記承諾書を得られるとか、又は本登記承諾の判決を獲得できることは保障されていないので、将来とても原告が本登記しうるとは限らないのである。従つて原告が仮登記のまゝ所有権に基き、被告の訴外増村四良治に対してなした強制執行を当然に阻止しうるとすれば、右のような場合には実質的にも不当な結果を来たすものといわねばならない。不動産登記法第一〇五条所定の仮登記権利者の本登記承諾請求権は、仮登記を本登記にする手続を明確にするため設けられた、ただそれだけの効力を有するものであつて、登記によつて劃一的に対抗力の有無を決しようとする建前を崩すものとは考えられない。
他面このように解すると、将来仮登記権利者によつて、競落人が競売物件に対する所有権を失うことも起りかねないので、そのようなおそれのある場合、強制執行をそのまゝ進行させることは決して好ましいことではない。そしてこのことは仮登記に基く本登記手続がなされる確実性が強ければ強いほど回避されるべき事態であるといわねばならない。
この立場にたつと、仮登記権利者が、本登記手続に応じない本登記義務者及び本登記承諾書を交付しない利害関係人全員(利害関係人の範囲は口頭弁論終結時を基準とする)を相手方として、本登記手続ないし本登記承諾の請求を、他の請求と併せなしている場合、同一訴訟手続内でその全員に対し右請求につき勝訴の判決をうるときに限り、被告たる利害関係人は他の請求に対し仮登記権利者の権利について登記の欠缺を主張できないものと解するのが相当である。けだし右の勝訴判決が確定しても、それだけでは当然に本登記手続がなされたことにはならないけれども、本登記手続が直ちになされることは、ほゞ確実と考えられ、かゝる場合に、本登記を承諾すべき義務あるに拘らず、これを履行しない被告が本登記の欠缺を主張することは権利の濫用に通じるものであるし、又当該被告は本登記承諾請求の点のみはこれを認め、相被告が本登記承諾を肯んじないことを理由として登記の欠缺を主張する場合であつても、これに対し勝訴判決がなされる以上、本登記手続を経た上で、更に別訴を提起すべしとすることは著しく訴訟経済に反し、却つて不安定な法律関係を発生せしめるおそれがあつて、法律関係の解決に資することにならないからである。
(四)、ところで本件は右の場合に該当しないことは明白であるから、原告の第三者異議の訴はこれを棄却するほかはない。
よつて民事訴訟法第八九条第九二条第五四九条第五四八条の各規定に則り主文の通り判決した。
(裁判官 室伏壮一郎)